コラム

あなたの一言が、若手社員の人生を変える

本物の大人なら、若者の粗探しをするのでなく、こんな言葉をかけてあげたい

掲載URL:https://president.jp/articles/-/28241

コラム プレジデントオンライン

自分の仕事に自信が持てなくなったとき、心ある人と出会い、その人の一言に救われ、新たな一歩を踏み出せることがある。多様な経験や深い知見を持っている大人は、自分より若い世代と相対するとき、自身がその年齢だったころを振り返り、年齢を重ねたからこその助言を与えれことができる。何気なく発せられた言葉が、大きな気づきにつながることがある。若者たちを思いやり、勇気づけ、力を与える、そんな大人の実例を紹介しよう――。

大切なのに目立たない、裏方の仕事

今からお話するのは、ホテルで働く人と客とのエピソードだが、あらかじめ伝えておきたいのは、サービス業には過酷な一面があるということだ。多くの人が楽しいときを過ごす週末、恋人同士が一緒に過ごすクリスマス、家族と迎える年末年始……。こんなときこそ、サービス業にとっては書き入れどきであり、そこで働くスタッフたちは、心情とは裏腹に、いつも顧客を笑顔で迎えなければならない。

ホテルで働くスタッフには、ドアマン(ホテルの玄関に立ち、顧客の出迎えや見送り、タクシーの誘導などを担当する人)やベルボーイ(荷物を客室に運んでくれる人)、フロントスタッフやコンシェルジュ(顧客が求める情報を提供し、地元のレストランや観劇用チケットなどの手配をしてくれ、快適なホテルライフ提供する仕事)、料飲部門のスタッフやソムリエ、シェフなどがいて、多種多様だ。これらの仕事は、華やかに見える。一方で、客室の清掃をする客室係(ハウスメイドやルームメイドという。彼らの管理者をハウスキーパーと呼ぶ)、電気系統や家具類の修理を担当するスタッフ、電話のオペレーターなどは、大切な部門ではあるが、顧客と直接する機会が少ないため、裏方の業務と言える。裏方の一員にホテルのパブリックスペース(ロビーや通路、エレベーターホールなど)や化粧室(トイレ)を清掃するスタッフがいる。

語りつがれる首相のエピソード

一流と呼ばれるホテルの化粧室には、ペーパータオルはもとより、ハンドタオルも用意されている。宴会場やロビーに隣接する化粧室は利用者が多く、清掃係が頻繁に掃除をしていても、洗面台の多くはすぐに水浸しになる。激動の昭和に外務大臣から総理大臣まで務めた吉田茂という人がいた。吉田氏が洗面所で手を洗った後、洗面台に飛び跳ねていた水滴を見て、自分のハンカチを取り出して拭いた。ホテルのスタッフが清掃係を呼ぼうとしたところ、吉田氏は「洗面所を使い、手を洗った後に、自ら洗面台を拭くのは当然だと考える常連客がいることこそ、一流ホテルかどうかを判断する証ではないだろうか」と答えたという。上質な服を身にまとい、高級車に乗ってホテルを利用しようと、こうした対応ができなければ一流の顧客とは呼べない、と指摘したわけだ。また、お金を払えば何をしても許されると勘違いしている人間への戒めでもある。

「君の仕事は、とても大切な仕事です」

外資系5つ星ホテルの洗面所をある経営者が利用した折、いつものように手を洗った後、ペーパータオルで洗面台を拭いた。そのとき、隣に若い男性の清掃係が掃除をしていた。多くの客は、彼に気にとめることなく出て行ってしまうが、その経営者は、声を掛けた。

「洗面所を綺麗に使う人が少なくて大変だろう。君がしてくれている掃除の仕事は、ホテルを快適に利用する上で、とても大切な仕事です」

その言葉を聞いて、男性スタッフの目は輝きを増した。自分の職務に誇りを持ち、熱心に取り組む姿を見て、感謝の気持ちを口にできる大人は、若者を大いに勇気づける。

「見積もりだけでも、取ってあげなさい」

オフィス用のレンタル玄関マットをセールスするため、男女2人の営業が法人に飛び込み営業(面識のない顧客のところに訪問して営業活動を行うこと)をしていた。天候が急変し、突然大雨になった。営業車で巡回していても、車を降りて訪問先に行くころには、傘をさしていても濡れてしまうものだ。どの企業からも、そっけなく断られる中、ある企業にたどり着き、受付に総務の担当者が出てきた。

「レンタルの玄関マットをおすすめしています。拝見したところ、D社さんの商品をお使いのようですが、弊社ならもう少し価格もお手ごろにできると思います。一度ご検討いただけないでしょうか」

「ご覧になったように、弊社ではすでに他社のマット……」と担当者が口にした折に、たまたま通りかかった経営者が総務に声を掛けた。

「キミは大雨の中を、彼らのように飛び込み営業をしたことはあるかい? 彼らはズブ濡れで、きっと靴にも水が入っているだろう。営業をしたことがある人間なら、彼らの心情は手に取るようにわかる。見積もりだけでも、取ってあげなさい」

いつまでも記憶に残る人

その言葉を聞いて、2人の営業担当者の目は輝いた。後日、その営業パーソンたちが勤務する会社から見積書が届き、D社よりも条件のよい内容だったため、玄関マットは採用されることになったそうだ。

この経営者は起業する前、自身も営業を行っていた。雨の日も、雪の日も、真夏の炎天下でも、営業は取引先を回らなければいけない。ルートセールス(巡回先が決まっている営業活動)と違い、飛び込み営業は成約率が極めて低く、担当者の意欲はそがれがちだ。そんな中で、話だけでも聞いてくれた人や、何百と断られた中で成約に繋がった取引先は、いつまでも記憶に残る。

運送会社を大切にする高級ホテル

その名を知られたアメリカの高級ホテルでは、定期的に荷物を集配する運送会社のために、専用の冷蔵庫が用意され、運送会社のスタッフはいつでもそこからペットボトルに入った冷たい水を飲む事ができるように配慮されていた。ホテルから見れば、ホテルを利用する顧客の荷物を大事に扱ってくれ、迅速に運んでくれる対応は、何より顧客に有益だからそうしているとのことだった。

こんな心遣いがあるせいか、受付時間を少し過ぎても荷物を取りに来てくれ、また、本来なら翌日配送の荷物でも、ついでがあれば当日ホテルに届けてくれることもあるそうだ。運送会社の担当スタッフが新任スタッフと交代する際には、新旧スタッフがホテルの担当者に丁寧にあいさつと引き継ぎを行っているという。

人をやる気にさせる、感謝の気持ち

ホテル関係者から、こうしたエピソードを聞いたある経営者は感動し、自社にも運送会社スタッフのための冷蔵庫を置くと決めた。猛暑のときや重量のある荷物を運んできてくれたときには、来客用の器に飲み物を入れて供するように、総務に申し送りがなされた。汗を流して仕事をする運送会社スタッフに供される1杯の冷たいお茶は、彼らの心に沁みた。この対応が始まると、運送会社スタッフは、これまで以上に笑顔で集配するようになり、また、営業時間を少し過ぎても対応するようになった。

もし、自分が相手の立場だったらどう感じるか――。その経営者は、いつも自分に問いかけ、社員にも考えさせるようにしているという。