マーケティングのジレンマ・・・No.113 なぜ生活者は「豊かなはずなのに苦しい」のか
いま世界で起きているのは「格差拡大」でしょうか。実はアメリカでは逆の現象が起きているという指摘があります。実は日本も、静かに同じ入口に立ち始めている予兆が現れています。
私たちは、豊かさの意味が書き換わる時代に立っている
ブルームバーグのアリソン・シュレーガー氏のコラムに、興味深い指摘がありました。アメリカ経済の問題は、ビリオネア(超富裕層)ではない。本当の変化は「アッパーミドルクラスの拡大」にあるというものです。これは、日本社会を考える上でも重要な視点です。
●米国で起きた変化
ミドルクラスは貧しくなったのではありません。1960〜70年代のアメリカは典型的な中間層社会でした。所得分布は釣り鐘型で、多くの人が平均付近に位置していました。
しかし現在、中間層は縮小しています。ただし理由は貧困化ではないという指摘です。多くの世帯がより豊かになり、年収15万〜30万ドル規模のアッパーミドルクラスへ移動したためです。アメリカ社会は「格差社会」と共に、上方移動した階層社会にもなりました。
●豊かなのに苦しい理由
問題はここからです。豊かになった人が増えるほど、限られた高品質資源を巡る競争が激しくなります。
・都市部の住宅
・名門大学
・高度医療
・人気イベント(テイラー・スウィフトのチケットが1000ドルでも成立する)
・都市生活そのもの
住宅価格が上がるのも、高額なコンサートチケットが成立するのも、それを支払える生活者が増えたためです。現代の不満は、貧困ではなく「成功者同士の競争」から生まれている面があります。
●日本は同じなのか
答えは「似ているが構造は逆」です。日本でも中間層の縮小は起きています。
しかし理由が異なります。
・アメリカは豊かになり上へ移動した結果の縮小
・日本は所得停滞と高齢化による余裕の減少
という違いあります。
日本の生活者は貧困化しているというより、将来への安心が薄れています。
●日米に共通する生活者心理
それでも生活者の感覚は似ています。
・住宅が高い
・教育費が重い
・体験消費が贅沢化した
・理想の生活に届かない
生活者が感じているのは格差そのものではなく、「普通だと思っていた生活」が希少になった感覚です。20世紀の不安は貧困でした。しかし21世紀の不安は、到達できない理想生活にあるようです。
●本当に警戒すべきこと
社会に不満が広がると、原因は単純化されます。
・富裕層が悪い
・企業が悪い
・市場が悪い
しかし多くの場合、問題は社会が次の段階へ進んだことによる構造変化です。怒りの対象を誤ると、イノベーションを弱め、供給を減らし、結果として生活コストを上げてしまいます。
●日本がこれから直面する可能性
もし日本で
・賃上げの継続
・インフレ定着
・資産格差拡大
が進めば、次に起きるのは
・住宅
・教育
・医療
・体験消費
を巡るアッパーミドル競争社会に直面する可能性があります。東京の住宅市場や教育投資には、すでにその兆候が見えています。
●マーケティングへの示唆
これから企業が向き合う生活者は、不足している人に加え、平均以上なのに満たされない人たちです。
市場を動かす欲望は
所有 → 安心
モノ → 機会
価格 → 体験
機能 → 社会的ポジション
へ移行しています。
豊かさの時代が終わったのではありません。私たちはいま、豊かさの意味が書き換わる時代に立っているようです。
参考:Bloomberg Opinion「US Economy Has an Upper Middle Class Problem: Allison Schrager (Correct)」 OECD統計、内閣府、総務省統計局、厚生労働省関連資料