価値のジレンマ・・・No.118「安い日本」から「文化で選ばれる日本」へ ~インバウンド政策に今後必要になる視点~
安くて美味しいラーメンやコンビニエンスストアの食材とその利便性、さらには外国人女性に圧倒的な人気を誇る洗浄便座などは、確かに日本の魅力ではあります。しかし日本が「安く快適に楽しめる国」として評価されるだけで甘んじていて良いのでしょうか。
「安売り型集客」から「価値共感型集客」への転換
円安を背景に、日本には多くの外国人観光客が訪れています。日本政府観光局によれば、訪日外国人数はコロナ禍前を上回る水準に回復しつつあり、都市部だけでなく地方にもインバウンド需要が広がっています。日本を訪れる理由としては、「安価で美味しい日本食」「清潔な街」「安全性」「公共交通機関の正確性」「親切な接客」などがよく挙げられます。これは確かに、日本社会が長年積み上げてきた強みです。
しかし一方で、ここには大きな課題もあります。
それは、日本が「安く快適に楽しめる国」として評価されることと、「文化的価値を求めて訪れる国」として評価されることは、本質的に異なるという点です。
例えばフランスには、ルーヴル美術館とその収蔵作品としてモナ・リザがあります。イタリアには古代遺跡と宗教建築、オーストリアには音楽文化があります。これらの国々は「価格の安さ」だけで人を集めているわけではありません。そこには、「本物の文化に触れたい」という強い動機があります。
文化は、単なる観光資源ではありません。その国の歴史、思想、美意識、知性の蓄積そのものです。日本にも、本来それに匹敵する資産があります。例えば、桂離宮に象徴される空間美、禅文化、浮世絵、陶芸、庭園文化、歌舞伎、能、和食、日本建築、さらには現代アートやアニメーション文化まで、日本独自の美意識は極めて豊富です。
実際、浮世絵は19世紀のヨーロッパ美術に大きな影響を与え、印象派の画家たちにも影響を与えました。にもかかわらず、日本自身がその文化価値を「経済資源」として十分に戦略化できているとは言い難い状況があります。
ここで重要なのは、「観光客数」を増やすことだけが目的ではないということです。今後日本に必要なのは、「どのような人に来てもらうか」という視点です。
単に価格の安さだけを求める観光は、オーバーツーリズムや地域疲弊を招きやすく、地域社会との摩擦も生みます。一方で、文化・歴史・芸術に価値を感じる人々は、滞在型消費や高付加価値消費につながりやすく、地域文化への敬意も持ちやすい傾向があります。これはマーケティングで言えば、「安売り型集客」から「価値共感型集客」への転換です。
実際、世界のラグジュアリー市場では、「物の所有」よりも「文化体験」への支出が増えています。美術館、伝統工芸、地域文化、食文化体験などに高い価値を感じる層は、世界的に拡大しています。
つまり、日本が今後目指すべきなのは、「安い国」ではなく、「文化的価値が高い国」としてのブランド構築ではないでしょうか。そのためには、観光政策だけでなく、文化政策そのものを経済戦略として再定義する必要があると思います。
例えば、
・地方の歴史文化の再編集
・伝統工芸の高付加価値化
・美術館や文化施設への注力と情報発信
・世界に向けた日本文化の翻訳力強化
・アートと都市開発の連動
・富裕層向け文化体験プログラムの整備
といったことが挙げられます。
こうした取り組みは、単なる「観光振興」ではありません。日本という国の価値そのものを高める投資です。人口減少社会に入った日本において、今後重要になるのは「数」だけを追う経済ではなく、「価値」で選ばれる国になることです。そして、その最大の資産は、本来日本が長い歴史の中で育んできた文化そのものなのだと思います。