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「世間とは逆を行く」ニトリとアパが不景気のたびに大きくなれるワケ

掲載URL:https://president.jp/articles/-/40638

コラム プレジデントオンライン

不況に強い会社にはどのような特徴があるのか。マーケティングコンサルタントの酒井光雄氏は「特徴は大きく8つに分類できる。今回は『不況逆手型』のアパグループとニトリホールディングスの強さの秘訣を紹介しよう」——。

「世間とは逆を行く」ニトリとアパが不景気のたびに大きくなれるワケ・・ライバルが動けない、だから攻める

生き残るための「8つの不況対策パターン」

コロナショックによって社会の前提がガラリと変わると、企業は生き残るために、新たな打ち手を真剣に考える必要が出てきます。

そこで私は、過去の不況時に企業が採用した打ち手や、不況期に強い企業の特徴、ビジネスモデルが古くなった業界が不況をきっかけに新たな企業に代替されてしまうケース、さらに今回のパンデミックが引き起こした生活や仕事の変化による社会構造変化を踏まえた企業の取り組みなどを分析・研究しました。

そして、今回のコロナ不況に対して有効な打ち手となりうる、次の「8つの不況対策パターン」を抽出し、拙著『不況を乗り切るマーケティング図鑑』(プレジデント社)にまとめました。

〈8つの不況対策パターン〉
①不況耐性型
②適者生存ダーウィン型
③顧客との関係づくりを強化し、需要を創造するプロモーション型
④キャッシュ・コンバージョン・サイクル短縮型
⑤不況逆手型
⑥リアルとバーチャルの融合最適型
⑦ダイレクトリクルーティング型
⑧働き方支援型
本稿ではこのうち、⑤不況逆手型の2社を紹介します。アパホテルでお馴染みのアパグループと、ニトリホールディングス(以下ニトリ)です。不況をチャンスに変え、事業の拡大に成功させてきた企業の知恵を、ぜひ参考にしてほしいと思います。

不況期の地価下落がチャンスになる

<アパグループ>

企業の力は、好況期よりも不況期に見えるものです。どの企業も萎縮する景気の後退期にどう動くかで、飛躍する企業になれるかどうかが決まります。また平時にどれだけ他日に備えていたかも、その時、問われてきます。

アパホテルは強度偽装問題で銀行から借入金の返済を求められ、自社の資産を売却して返済しました。しかし返済した後にも資金が手元に残っていたため、直後のリーマン・ショックで暴落した土地をこの資金で入手し、成長につなげます。その経緯は次のようなものです。

リーマン・ショックが起きる前年の2007年、建物の構造計算書を偽造した耐震強度不足が社会問題になり、アパグループにも強度不足のホテルがあったため、銀行は借入金の返済を求めました。そのため同社はホテル建設のために取得していた土地を売却し、借入金の返済に充てました。

直後にリーマン・ショックが起きて地価が暴落しましたが、ファンドバブルの時に不動産を売却したことが幸いし、借入金を返済しても同社には手元にまだ資金が残ったのです。
リーマン・ショックの直撃を受けたマンションデベロッパーは、銀行から土地を手放すように指導され、銀行の“貸しはがし”が行われました。

リーマン・ショックで都心一等地を次々購入

逆にアパグループは手元にある余剰資金を使って、都心部の土地を購入していきました。都心部に集中したのは、リーマン・ショック後に地価が最も下落したのが都心の一等地だったからです。不況に襲われ、地価が高く、投資リスクのある都心に競合他社が攻めてこないことも好材料になりました。

アパホテルは、北は池袋、南は品川、西は新宿、東は浅草と都心の一等地に絞って出店していますが、地価が最も下落した場所はその後値上がりすると考えてのことでした。当時は現在の3分の1から4分の1の値段で買えた物件もあり、全ての土地はその後値上がりしています。

この時下された経営判断が、現在のアパホテルの都心での占有率の高さを物語っています。競合他社が意思決定できないタイミングで、一気に資金を集中投下するのが同社の戦略だったのです。

似鳥昭雄会長「世間とは逆を行くことだ」

<ニトリ>

不況をチャンスととらえ、バブル崩壊からリーマン・ショック後の不況期にも成長を続け、先を読んで行動している企業がもう1社あります。ニトリです。

ニトリは「いかに安く商品を提供するか」を徹底して追求し、問屋経由でなくメーカーから直接仕入れる方法に切り替え、1985年のプラザ合意による円高を契機に、海外から安く調達する方法を実践しました。その結果、ニトリが開発した輸入品の比率は90%以上を占めるまでになっています。

手頃な価格と高い品質・機能を両立させるために、同社では従来の製造小売業の事業モデル(SPA)に留まらず、物流機能を付与し、商品の企画から原材料の調達、そして製造・物流・販売に至る一連のプロセスを、「製造物流小売業」という仕組みにして確立していきました。

バブル崩壊からリーマン・ショック後の不況を経ても成長を続けられた理由として、似鳥昭雄会長は「世間とは逆を行くことだ」と指摘しています。

好況と不況は繰り返します。バブル時は土地や建物の価格は倍以上に上がりますが、不況になれば半値になります。このサイクルを理解してから、好況の時は投資を半分に抑え、不況になったら投資を2倍にして土地や建物を積極的に取得していくという決断を下します。

景気が悪くなるのはいつかを、常に調査

バブルが崩壊した1993年に、土地と建物は3割から5割まで値下がりしましたが、そのタイミングでニトリは北海道から本州に進出を果たします。

ニトリは2008年9月に引き起こされたリーマン・ショックを予見し、その備えもしていました。2008年の年明けには手持ちの外国債券を全て売却し、5月には取り扱い商品の1000品目で値下げ宣言を行い、想定を大きく超える規模で売り上げを伸ばしていきました。さらにリーマン・ショック以降、3カ月おきに波状的に値下げを行い、さらなる好業績につなげます。

先を読む秘訣は、次に景気が悪くなるのはいつかを、常に調査し続けることだとし、景気が悪くなったほうが、ニトリにとってはチャンスが多いと似鳥会長は指摘しています。投資が容易になり、優秀な人材が採用できるからです。逆に景気が良い時は好材料が生まれないとも言及しています。

好況時には、同業他社も業績は向上します。不況下では競争相手の業績は下降し、場合によっては倒産する場合もあります。そんな中でニトリは不況を経るごとに、市場占有率を向上させていきました。

コロナ禍でも続くニトリの快進撃

同社が景気の先を読む具体的な方法として実践しているのは、米国経済の定点観測です。同社では毎年5月と10月の年2回、米国の市場動向を知るため視察に赴き、年間におよそ1200人の社員がアメリカで研修を行っています。

アメリカは世界経済を牽引し、時代の最先端にいます。アメリカの現状を見れば、日本の10~15年先が見えてくるので、半年ごとにアメリカを訪れ、その変化と潮流を感じることが大事だとも指摘しています。

近年同社が注目しているのは、ネット企業はリアルを強化し、リアル企業はネットを強化するトレンドです。Amazonは食品スーパーのWhole Foodsを傘下に収め、他方WalmartはM&Aによってネット分野の新興企業を傘下に入れてノウハウを蓄えています。

ネットとリアルの巨人同士がお互いの得意分野を侵食し、その一方で家電量販店や書店の中には倒産する企業が出てきています。アメリカで起こったことは、日本はもとより世界に伝播していくと、同社は見ているのです。

ちなみにニトリホールディングスは2020年3~5月期決算を6月25日に発表し、売上高は1737億円で前年同期比3.9%増となりました。緊急事態宣言によって最大で110店舗が臨時休業しましたが、リモートワーク用の家具の販売が伸び、またEC(電子商取引)も好調に推移しました。営業利益は前年同期比で22.3%増の372億円。通期では34期連続となる増収増益を見込むと公表されています。

チャンスはピンチの中にある

競合他社が意思決定できないタイミングで、一気に資金を集中投下するアパ。
好況の時は投資を半分に抑え、不況になったら投資を2倍にするという「世間とは逆を行く」発想起点に立つニトリ。コロナ禍だからと言って後ろ向きにならず、好機ととらえる発想にこそ成長の鍵があります。チャンスとはピンチの中に隠れているのです。